ほうほう、こんなことだったですね。
たいぶ昔に習ったことだから忘れてしまっていました。
神聖ローマ帝国は当初、ドイツ王兼イタリア王が皇帝に戴冠されて成立した。従ってその領域はドイツから北イタリアにまたがっていた。またオットー大帝は東のボヘミア王国に対しても宗主権を行使した。ボヘミアは帝国が消滅するまで帝国の一部であり続ける。
また、1032年にブルグンド王国の王家が断絶すると、1006年にブルグンド王ルドルフ3世とドイツ王(のち皇帝)ハインリヒ2世の間で結ばれた取り決めにより、ドイツ王・イタリア王はブルグンド王も兼ねることとなった。ブルグンド王国は現在のフランス南東部にあった王国であり、これにより神聖ローマ帝国の領域は南東フランスにまで拡大した。
13世紀半ば、大空位時代を迎えて皇帝権が揺らぐと、ブルグンドとイタリアは次第に帝国から分離した。ブルグンドにはシャルル・ダンジューを初めとするフランス勢力が入り込んだ。イタリアの諸都市は実質的に独立を得ていき、のちにはやはりフランスが勢力を伸ばそうとした。皇帝位を世襲するようになったハプスブルク家は北イタリアからフランスの勢力を撃退し、この地域の支配を確立するのであるが、それは北イタリアが再び帝国の一部となったことを意味するのではない。北イタリアが帝国の制度に編入されることはなかった。
また、1648年のヴェストファーレン条約の結果、アルザス・ロレーヌのいくつかの都市がフランスに割譲され、スイスとオランダが独立した。この三地域は帝国から分離したのであり、北イタリアと同様、もはや帝国の制度外の地域となったのである。その後もフランスのアルザス・ロレーヌ地域への進出は続き、神聖ローマ帝国が消滅する1806年までにこの地域の全てが帝国から脱落することとなった。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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